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東京地方裁判所 昭和25年(ワ)6957号 判決 1955年6月15日

原告 入中証券株式会社

被告 飛田禎資

主文

被告は原告に対し金四十一万九千九百九十七円及びこれに対する昭和二十五年十一月四日から完済まで年五分の割合による金員を支払うべし。

訴訟費用は被告の負担とする。

この判決は、原告が金八万円の担保を供するときは仮に執行することができる。

事実

原告訴訟代理人は主文第一、二項と同旨の仮執行宣言つきの判決を求め、請求の原因として、また被告の主張に答えて、次のとおり述べた。

一、原告は東京証券取引所の会員たる有価証券業者である。

二、原告は被告から、昭和二十五年六月二十一日から同年七月十三日までの間、別表<省略>記載のとおり東邦レーヨン株式会社株式(未発行のもの、その意義は次項で正確に説明する)合計二千五百株の売付を委託され、この委託に基いて、別表記載のとおり現実に右株式を売付けた。その売付代金額の合計は金二八八、九〇〇円となつた。

三、右東邦レーヨン株式会社は、企業再建整備法の規定により、特別経理株式会社たる帝国繊維株式会社(以下第一会社という)の特別管理人によつて定められ、昭和二十五年四月二十八日主務大臣の認可を受けた決定整備計画に基いて、昭和二十五年七月一日に設立された第二会社の一つである(第一会社は解散し、帝国製麻株式会社、中央繊維株式会社、東邦レーヨン株式会社の三会社が第二会社として設立された)。そして右決定整備計画によつて、右第二会社の発行すべき株式は第一会社が現物出資によつてその全部を引受け、かつ第一会社の株主に対して一定の割合(第一会社の株式一株につき東邦レーヨン株式会社株式は〇・四株の割)で買受権を割当ることと定められていた。そこでかような第一会社の株主の有する、東邦レーヨン株式会社株式を買受けることのできる権利は、昭和二十五年五月頃から、証券業者の店頭で、顧客の委託に基いて、証券又はこれに代る引換証の発行日以後に、その受渡によつて決済することを条件として、広く取引の対象とされていた。被告の委託による前記取引の対象となつたものも、かような第一会社の株主が有していた東邦レーヨン株式会社の株式買受権(将来株主たる地位を取得すべき権利、以下本件において、これを権利株という)にほかならない。なお、東邦レーヨン株式会社株式の買受代金払込期間は、昭和二十五年八月十五日から同年九月十五日までの間であつた。

四、しかるに被告は、買受代金払込期間が経過し、その領収証(株券引換証)が発行されていたにかかわらず、その引渡を履行せず売付先との決済ができないので、原告は昭和二十五年十月二十三日発翌二十四日着の書面で、同月二十七日午後四時までに右領収証を持参引渡すべきことを求め、かつその履行がないときは、同月二十八日の市場価格で買い埋めて売付先との決済に充て、被告の差入れた証拠金代用証券を処分して不足額に充当したうえ、なお不足額があればこれを被告に請求すべき旨の意思表示をした。しかるに被告は右の催告期間内に前記領収証を引渡さず、またほかに何の申出もしなかつたので、原告は昭和二十五年十月二十八日の証券市場で、一株金三一九円に所定の手数料一株につき金五円五〇銭を加算した三二四円五〇銭で東邦レーヨン株式二千五百株を買埋めて、さきの売付先との決済に充てた。かくてその買受代金合計八一一、二五〇円と前記被告の委託に基く売付代金合計二八八、九〇〇円との差額金五二二、三五〇円の損失計算が生じた。

一方、被告は本件株式取引の証拠金として金五万を原告に差入れてあり、また新潟鉄工所株式五百株、帝国石油株式八百株、日東化学株式一株を証拠金代用として差入れてあつたので、原告は同じく昭和二十五年十月二十八日の証券市場で、新潟鉄工所株式は単価金三三円で売付け、一株金二円の割合による所定の委託手数料を差引いた残額金一五、五〇〇円、帝国石油株式は単価金四八円で売付け、前同額の手数料を差引いた残額金三六、八〇〇円、日東化学株式は単価金五五円から所定の手数料二円五〇銭を差引いた残額金五二円五〇銭を、前記金五万円の証拠金に加えた合計金一〇二、三五二円五〇銭を以て前記損失額に充当した結果、差引不足額は金四一九、九九七円五〇銭となつた。これは被告が受渡決済に応じなかつたことによつて、原告が蒙つた損害にほかならない。

五、原告は被告に対し、昭和二十五年十月三十日発翌三十一日着の書面で、右差引不足額四一九、九九七円五〇銭を同書面到達後三日内に支払うよう催告したが、被告は右期間内にその支払に応じなかつた。よつて被告に対し、損害の賠償として、金四一九、九九七円(円以下切捨)及びこれに対する右催告期間の最終日の翌日たる昭和二十五年十一月四日から完済まで年五分の民事法定利率による遅延損害金の支払を求める。

六、原告の委託に基く本件権利株の売買当時、東邦レーヨン株式会社の株式が未だ発行されておらず、また買受代金領収証も存在しなかつたことはいうまでもないが、これを理由に、本件権利株の売買は本来取引の目的とすることができない未確定の権利を対象としたとは言えない。

証券取引法二条二項は、有価証券に表示さるべき権利は、これについて当該有価証券が発行されていない場合でも、これを当該有価証券とみなす旨を定めているが、ここに有価証券に表示さるべき権利とは、現に存在する株主権ばかりでなく、現実には未だ発生していなくとも、将来発生することの確実な株主権を含むものと解すべきであるから、同法は未発行証券の取引の有効なことを認めているのであり、本件権利株は、証券取引法上の有価証券というべきである。そして本件権利株の取引当時、東邦レーヨン株式会社は、主務大臣の認可を受けた第一会社の決定整備計画に基いて、第二会社としてその設立時期並びに会社資産の構成まで確定されていたのであるから、その株主権が発生すべきことは十分な確実性があつた。されば本件権利株は、これを取引の対象とするについて、何の支障もなかつたといわなければならない。

本件取引は、かような権利株について、買受代金領収証が発行されたときに、その受渡によつて決済することを特約してなされた、いわゆる「発行日決済取引」の一つである。

七、本件取引は、証券取引法二〇一条に違反する場外差金取引でもなければ、賭博行為でもない。本件取引は、現実に委託に基いて、売買された株式の受渡をする意思を以て行われたものである。その受渡に当り、決済の方法として便宜上相殺の方法がとられることはあるが、これを理由に賭博行為ということはできない。いわんや本件権利株の売買を禁じた法の根拠がない以上、本件取引を以て公序良俗に反するものともいえない。

かように述べた。<立証省略>

被告訴訟代理人は「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求め、次のとおり答弁した。

原告主張の一の事実は認める。二の事実中、被告が原告主張の日時にその主張のとおり未発行の東邦レーヨン株式会社株式二千五百株の売付を原告に委託したことは認める。その余の原告主張の事実は否認する。

右株式の売付委託は、証券取引法二〇一条によつて禁止された違法行為にほかならない。即ち、東邦レーヨン株式会社株式の払込期日は昭和二十五年九月十五日であつたから、被告が原告に売付を委託した当時その株券が現実に存在しなかつたこというまでもなく、払込金領収証さえも発行されていなかつたのである。引受人が現実に払込をするかどうか不明であり、従つて株主権が確定していない払込期日経過前に、将来の株主権を売買することは、現実に受渡不可能な権利について、一種の期待権として売買を行うことになるが、かようなことは、有価証券の円滑な流通を目的とし、国民の健全な経済観念を助長しようとする立場から、現物の受渡可能なことを前提として、いわゆる呑行為や空取引を禁ずる証券取引法の精神に反することである。されば本件株式売付委託契約は、未だ売買の対象とすることができなかつたものについてなされたものである。右売付委託契約なるものは、ひつきよう、かような取引の対象たらざる未確定の権利について、いわゆる場外取引の方法により、単に差金の授受で決済することを目的とした一種の賭博行為たるに帰着し、証券取引法二〇一条の禁を犯し、ひいては公序良俗に反するものであつて、無効な行為である。

原告のいう「発行日決済取引」なるものは、かような脱法行為を仮装して法の禁をくぐろうとするいいのがれにすぎない。

原告と被告との間の本件株式売付の委託が、本来無効な行為である以上、かような無効の委託契約に基いて原告がその後の処置をとり、その出費によつて計算上損失が生じたとされたところでこれを被告に請求することはできない、といわなければならない。原告の請求は失当たるを免れない。

かように述べた。<立証省略>

理由

原告が東京証券取引所の会員たる有価証券売買業者であること、被告が原告に対し、昭和二十五年六月二十一日から同年七月十三日までの間に、別表記載のとおり、東邦レーヨン株式会社の未発行株式二千五百株の売付を委託したことは、当事者間に争いがない。

まず、右売付委託の対象となつたものは何かについて、判断を与える。

甲第三号証の一、二、甲第四、五号証(以上いずれも真正にできたことに争いがない)、甲第九号証の一ないし三(証人川島正雄の証言によつて真正にできたと認めることができる)、甲第十号証(公文書であるから、真正にできたと認めることができる)と証人川島正雄、亀岡康夫、中込羌暉の各証言とを合せ考えると、次の事実を認めることができる。

東邦レーヨン株式会社は、企業再建整備法の規定により、特別経理株式会社たる第一会社の特別管理人によつて定められ、昭和二十五年四月二十八日主務大臣の認可を得た決定整備計画に基いて、昭和二十五年七月一日に設立された第二会社の一つである。右決定整備計画によると、東邦レーヨン株式会社の発行すべき株式二百四十万株は、第一会社の株主に対し、第一会社の株式一株につき〇・四株の割合で買受権を割当ることと定められていた。そしてかような第一会社の株主に属する、東邦レーヨン株式会社株式を一定割合で買受け得る権利について、昭和二十五年五月頃から有価証券業者の店頭で、顧客の委託に基いて、買受代金払込領収証の発行を停止条件として、その発行の時にその受渡によつて決済することにして、取引が行われていた。被告が原告に売付を委託した発行前の東邦レーヨン株式会社株式なるものも、実は、かような第一会社の株主に属する、東邦レーヨン株式会社の株式を買受くべき権利(即ち本件権利株)であつた。

かように認めることができる。

そして甲第一ないし第三号証の各一、二(いずれも真正にできたことに争いがない)、甲第十一、十二号証の各一ないし三、甲第十三号証(いずれも証人倉持和次の証言によつて真正にできたと認めることができる)、甲第十四号証、第十五号証の一(いずれも弁論の全趣旨によつて真正にできたと認めることができる)と証人倉持和次、川島正雄の各証言とを合せ考えると、次のとおり認めることができる。

被告から前認定の売付委託を受けた原告は、右委託の趣旨にそつて、別表記載のとおりに本件権利株をそれぞれ売付け、その売付代金額の合計は金二八八、九〇〇円となつた。一方、東邦レーヨン株式会社株式の買受代金払込期間は昭和二十五年八月十五日から同年九月十五日までと定められていて、被告は右売付を委託した権利株二千五百株について、買受代金払込期間の最終日までに領収証を引渡して決済すべき旨原告と約定した。しかるに被告は、右払込期間を経過して領収証が発行された後になつても、その引渡をしなかつたので、売付先との間で受渡決済をすることができなかつた原告は、昭和二十五年十月二十三日発翌二十四日着の書面で、被告に対し、同月二十七日午後四時までに領収証を引渡すよう催告し、右期限までに引渡がないときは、翌二十八日の証券市場で本件権利株二千五百株を買い埋めてさきの売付先との決済に充て、差額が生じたときは、これを被告の引渡義務の不履行によつて原告が蒙つた損害として、被告に請求すべき旨を通知した。被告は遂に右催告に応じなかつたので、原告は昭和二十五年十月二十八日本件権利株二千五百株を、一株金三一九円に手数料金五円五〇銭を加えた合計金八一一、二五〇円で買い埋めて、売付先との決済を終えた。かくてさきの売付代金額二八八、九〇〇円との差額金五二二、三五〇円の損失計算が生じた。

かように認めることができる。他にこの認定を動かすに足りる証拠はない。

ところで被告は、本件権利株の売付委託は、未だ権利として実在しないものについてなされたのであり、それは取引の対象とすべからざるものであつた、という。

東邦レーヨン株式会社が昭和二十五年七月一日設立された株式会社であり、その発行すべき株式は第一会社が現物出資によつてその全部を引受け、第一会社の株主にその買受権が割当てられていたこと、その買受代金払込期間が昭和二十五年八月十五日から同年九月十五日までと定められていたことは、さきに認定したとおりである。されば被告が原告に本件権利株の売付を委託した当時、東邦レーヨン株式会社の株式が存在しなかつたことは、いうまでもないことである。しかし、主務大臣の認可を得た決定整備計画に基いて設立の日が確定し、その発行すべき株式の買受権割当の方法まで定められていたのであるから、東邦レーヨン株式会社の株主権なるものは、株券が現実に発行されていなかつたところで、すでに確定した権利に等しいものであつた、といえる。かような権利について、買受代金領収証の発行を停止条件として、その発行の時に、その引渡によつて決済すべきことを約して取引することは、これを制限する特別の規定がない限り、許さるべきことである。

ところでここに、当時の「有価証券の募集又は売出の届出に関する規則」(昭和二十三年証券取引委員会規則第十号)第一条第一項第二号は、企業再建整備法の規定による特別経理株式会社又は第二会社が決定整備計画の定めるところにより発行する有価証券については、計画認可を受けた日から六カ月以内に募集又は売出をする場合に限り、証券取引法第二章(有価証券の募集又は売出に関する届出)の規定を適用しない旨定めており、次いで同条第二項は、かような有価証券の発行者は、当該有価証券の募集又は売出がある場合においては、これに先立つて決定整備計画、整備計画書又は決定整備計画の概要を記載した書面、当該有価証券に関し証券取引法第五条第一項各号に掲げる事項を記載した書面及び当該有価証券に関し目論見書が使用される場合には当該目論見書を証券取引委員会に提出すべき旨を定めている。即ち、決定整備計画に基いて設立される第二会社等の発行する株式の取得については、証券取引法による一般の場合の制限が除かれているのであつて、その趣旨は、さきに述べたように、決定整備計画に基いて第二会社が設立される時期、発行株式の買受権割当の方法等がすでに確定されているのであるから、重ねてこれに一般の株式取引の場合と同様な規制を加える必要がないことに出たものにほかならない。ほかに、本件権利株を以て取引の対象とすることを禁じた法の根拠は何もない。甲第九号証の一ないし三(第一会社の整備計画認可申請書)によると、第二会社の株式買受権の有償譲渡を認める旨が定められているが、その根拠も、以上説明したところから理解できることであろう。

してみると、本件権利株を以て取引の対象とすることは、何の妨げもなかつたというべきであり、被告の主張は理由がない。

また、本件権利株が証券市場に上場されていなかつたことはいうまでもないが、その店頭取引を特に禁じた規定はないし、本件取引が単に差金の授受で決済することを目的とした賭博行為であるとの被告の主張は、さきに認定した本件取引の経過からいつてとうてい認めることができない。本件取引は、単に、買受代金領収証発行の時に、その受渡によつて決済される点に特色があるにすぎないのである。かように、契約の時から受渡の時までに比較的長い期間を要する証券取引は、一般株式の取引に比べて、不健全な過当投機の弊を生ずるおそれなしとしないが、それはひつきよう程度の相違であつて、特に法律がこれを禁ずる建前をとつていない以上、現実に即時受渡が不可能であることの一事をとり上げて、本件取引が賭博行為に類似し、証券取引法第二百一条の禁を犯して、延いては公序良俗に違反するものとすることはできない。

以上のとおり、本件権利株の取引を無効とすべき根拠はないのであるから、被告は、さきの約旨に反して、買受代金領収証の引渡により決済すべき義務の履行を怠つたことにより、原告に生じた損害を賠償すべき義務があるわけである。

甲第十三号証(証人倉持和次の証言によつて真正にできたと認めることができる)、甲第十四号証、第十五号証の一ないし四(以上いずれも弁論の全趣旨によつて真正にできたと認めることができる)と証人倉持和次の証言及び弁論の全趣旨とを合せ考えると、被告が本件権利株の取引について原告に証拠金五万円のほか、原告主張のような証拠金代用証券を差入れていたこと、被告が前認定の催告に応じなかつたので、原告は右代用証券を昭和二十五年十月二十八日の証券市場で原告主張の価額で処分し、その手数料を差引いた代金合計額に右証拠金五万円を加えた額が、原告主張のとおり、金一〇二、三五二円五〇銭であつたことを認めることができる。

してみると、さきに認定した、被告の委託に基く売付代金額二八八、九〇〇円と原告が買埋決済に充てた代金額八一一、二五〇円との差額金五二二、三五〇円から、更に右証拠金及び代用証券処分額一〇二、三五二円五〇銭を差引いた金四一九、九九七円五〇銭が、被告が受渡決済に応じなかつたことによつて原告に生じた損害額にほかならない。

そして甲第二号証の一、二(真正にできたことに争いがない)によると、原告は被告に対し、昭和二十五年十月三十日発翌三十一日着の書面を以て、右損害額を同書面到達後三日以内に支払うよう催告したことを認めることができる。

されば被告は原告に対し、損害の賠償として、前記金四一九、九九七円(円以下切捨)及びこれに対する昭和二十五年十一月四日(右催告期間の末日の翌日)から完済まで年五分の民事法定利率による遅延損害金を支払うべき義務ありというべく、その履行を求める原告の請求を正当として認容し、訴訟費用の負担について民事訴訟法八九条を仮執行の宣言について同法一九六条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 満田文彦 池野仁二 石沢健)

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